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2011年10月28日(金)第4,369回 例会

メンタルヘルスとパワーハラスメント

夏 住  要一郎 君(法律)

会 員 夏 住  要一郎  (法律)

1949年3月4日生まれ。’67年甲陽学院高等学校卒業 ,’72年司法試験合格。’73年東京大学法学部卒業,’75年司法修習修了(27期),弁護士登録,色川法律事務所入所,’82年同事務所パートナー。現在に至る。
主に企業や地方公共団体からの法律と訴訟を担当。当クラブ入会:2010年7月

 いわゆる労災の中で,今メンタルヘルスがかなりのパーセンテージを占めています。厚生労働省では毎年,脳・心疾患死,いわゆる過労死,及び精神障害を理由とする労災補償状況をホームページに載せていますが,メンタルヘルスによる労災申請が昨年度は1,181件ありました。その前は1,136件,その前は800件,900件というぐあいに,100件単位で増えています。それに伴い,認定されたものも増えています。その数は,一時よく言われました過労死を超えてきています。分野では医療福祉,通信,年齢では30~39歳あたりが多い統計になっています。

増加するメンタルヘルス問題

 メンタルヘルスを他の労災と比べると,企業として扱いづらい点があります。肉体的な疾患と違い,外から見て正常と異常との区分がしづらい。そのため職場の理解,協力が得にくい。単なるさぼりに見えてしまうという問題があります。さらに,明らかに異常であっても,本人自身の病識が乏しく治療にも行こうとしない,したがって深刻化する。また,自覚しても,他の疾患に比べて隠そうとすれば隠せるので,これも結局深刻になってしまう理由です。

 業務との関連性が必ずしもはっきりしない場合もあります。つまり個人的事情による精神疾患もあるので,いわゆる職業病としての取り扱いが非常に難しいのです。以前は,自殺例が訴訟の典型例でしたが,最近は労働災害としての社会的認知が進んだことにより,うつ病発症のみで訴訟という例が増えつつあります。このメンタルヘルスがなぜ増えてきたのかという原因については,一般的には技術の進歩によるストレス,賃金の成果主義,もう一つは,非正規雇用の増大といわれています。ただ,具体的に裁判になる場合は,一般論ではなくて,個別具体的な要因が問題になります。

要因と,その対処法

 メンタルヘルスの中心的な要因としては,従来は長時間労働だったのですが,次第にパワーハラスメントへシフトしてきています。パワハラに法律上の定義はありません。裁判例では言われているのは「上司など職場で強い立場にある者が,部下など弱い立場にある者に対して,その立場を背景にして業務の適切な範囲を超えた言動を行い,部下の人権や法的利益を違法に侵害すること」と。要するに権力関係があって,その中で適切な範囲を超えた言動を行うということなのですが,業務上の正当な注意,指導との境界線が実に難しいのです。

 これはセクシュアルハラスメントとは全く違います。セクハラによるメンタルヘルスもありますが,セクハラは業務から出てくるものではない。したがって撲滅する対象ははっきりしています。ところが,パワハラの前提となる業務上の指揮命令というものと,それがパワハラになるというところとの境界線が非常に難しい。裁判的には簡単に言うと「TPOに応じて,社会常識で考えなさい」となっている。では,現場でどうするんだというところが問題として出てきます。

 対処法は,まず管理職に対し,部下とのコミュニケーションについての研修,教育を実施することです。もともとメンタルヘルスは,人間関係にあるわけです。少々のことを言っても平気な人もいれば,つぶれる人もいます。指導する側が洞察力を磨く研修をすべきということになりますが,正直,徹底は難しい。

 そうすると,何が大事かと言うと,早期発見,治療です。メンタル疾患は,ご本人は意識しませんし,隠そうともします。赤信号をキャッチできるのは,周りの人たち及び上司です。制度的にはヘルプラインとか,相談窓口,専門医との連携がありますが,メンタル疾患を抱えたご本人より,上司,同僚のほうが相談できるような態勢を築く必要があるんじゃないかなと思っております。

経営層も問題への認識を深めよう

 メンタルヘルスの問題は裾野が大変広いです。原因となる成果給にせよ,ハイテク化の進行にせよ,それは業績を上げようとするためのもので,いわば光の影として問題が生じているわけです。企業が育つということは,影も必ずついて回るんだということをまず認識していただきたい。

 経営層の方は普通に言えば勝ち組の方で,苦しみを乗り越えてやってこられた。自殺したり,うつ病になる方の心情について,どこまで理解ができるのかというのは,非常に難しいところです。ただ,私ら団塊の世代が乗り越えてきたから,当然あなた方も乗り越えろよと言うのは,時代を間違っているのではないかなと思います。

 ご承知のように,今企業はコンプライアンスを非常にうるさく言われています。新聞紙上をにぎわすようなコンプライアンス不足の企業も相当あります。また,リスクマネジメントということもあります。

 私が申し上げたいのは,この問題を人事部の仕事であるということで人事部に任せて「きっちりやれよ」と指示するだけではなく,これは「人・物・金」,つまり企業を動かす一番大きな「人」の問題が今病気になっているということを認識していただきたいということであり,経営層自身が,これは会社にとって大きなリスクであり,コンプライアンスの上でも大事だということをよく認識することが大切だということです。みずからが直接にそういう問題に触れ合う,現場に行って一般の職員とも話をするみたいな,積極的な対応が必要ではないかと申し上げて,終わらせていただきたいと思います。