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2010年12月10日(金)第4,329回 例会

海陽学園-教育理念の実践と今後の展開

中 島  尚 正 氏

海陽学園校長 中 島  尚 正 

1941年生まれ。’64年東京大学工学部機械工学科卒業,’83年同教授。’92年東京大学人工物工学研究センター長,’98年同大学工学部長。’99年OECD化学技術政策委員会副議長。2000年東京大学運動会理事長,’01年放送大学教授。同年東京大学名誉教授。その後,日本学術会議会員,東京藝術大学監事,核融合エネルギーフォーラム議長などを務め,現在に至る。

 去年4月から海陽学園の校長として中等教育に携わることになりました。この学園は産業界のリーダーたちによって設立されたことが最大の特色です。中部産業界が中核になって日本を代表する80社の企業に趣旨を呼びかけ,200億円の寄付金を集めて学園を設立しました。2006年に設立された中高一貫校です。今の最高学年の生徒は高校2年生に相当する5年生で,来年,大学入試を受けます。

 産業界のリーダーたちは東南アジアの元気のいい若者などに比べて,日本の若者たちが内にこもりやすく,覇気が足りず,他人と折り合いをつけるのが難しいという状況を見聞きし,日本の将来にとって非常な問題だと深刻に考えました。大学もさることながら,中等教育に問題があると考え,文句を言うだけではなく,自ら理想とする学校をつくろうと決意し,設立したと聞いています。

建学理念はリーダー育成

 私は東京大学で約30年間,教育・研究に携わり,教えた学生は約3,000人に上ります。彼らは社会のリーダーになることを託されているはずですが,彼らを送り出す時,本当に全員がリーダーになれるだろうかという不安を感じました。3分の1は全く問題なく,バリバリやっていけますが,次の3分の1は本人の努力次第でうまくやっていけるかもしれないという程度。残りの3分の1は本当に大丈夫かと不安でした。私も産業界の方々と同じように,中等教育をきちんとする必要があると感じ,海陽学園の校長に就任しました。

 建学の理念の第一は「次の世代のリーダーを育てる」です。リーダー像についてはプロ野球に例えると,監督だけではなく,イチロー選手のような一選手でも理想をもち,周りをひきつけて全体を発展させる人も立派なリーダーだと考えています。そのためには,深い基礎学力だけではなくて,たくましさや感性の豊かさ,人間的な魅力を備える必要があります。つまり,基礎学力と人間力をバランスよく育てることが大切です。両方合わせた「全人教育」を私たちは目指しています。

全寮制で全人教育

 私たちが全人教育のために導入したのが寮生活です。イギリスではパブリックという独特の学校があり,イートンやハロー,ラグビーなどで全人教育を完全な全寮制のもとで施しています。

 全寮制の良い点は共同生活を通じて様々な人と出会うことです。最近は核家族が進み,祖父母と接触する機会が少なく,接触するのは父母や数少ない兄弟という生活になってしまうので,他人という存在がわからず,他人と折り合いをつけるのが非常に難しいまま,大学生になってしまうということがよく言われます。

 私たちの寮には生徒50~60人に1人の割合で「ハウスマスター」と呼ばれる寮長がいます。ハウスマスターのもとに生徒20人に1人の割合で,「フロアマスター」というハウスマスターのジュニアを3人起用しています。今,寮が10あるので,ハウスマスターが10人,フロアマスターが二十数名必要なわけです。このフロアマスターについては学園の趣旨に賛同した企業から13カ月という任期と「20代の独身男性で将来を嘱望されている者」という条件で派遣していただいています。生徒から見ると,兄のような存在で,企業でバリバリ活動している人が毎年,入れ代わってサポートしてくれています。イギリスの場合には,一般教員が寮長として学校に一緒に住んで昼間は教室で教えており,夜もハウスの中で生徒を指導します。日本では住宅事情もあって,これが難しいため,独自のフロアマスター制を導入したわけです。

 私は大学でできなかったことをここでやりたいと考えていますが,実際問題としては難しい面が多々あります。私たちが標榜する全人教育を社会では十分に理解していただけていません。保護者は子供を難関大学に入れることを第一に考えて,偏差値の高い学校にしてくれと要望します。難関大学に合格させるためには,効率よく知識を授ければいいということになります。

大学の変革に期待

 もう1つの問題は,私たちの生徒をいかに育てるかということです。全人教育だけを目的にしたのでは,6年後の大学の入学試験で厳しい目に遭います。イギリスやアメリカと違って,日本の大学入試では,基礎学力でしか評価されないところが大変難しいところです。しかし,最近では日本の大学のあり方について,非常に厳しい目も向けられており,ペーパーテストだけで入試を行っている状況はそう長くは続かないと期待しています。

 今,私たちが訴えたいのは全人教育の必要性をもっと感じていただきたいということです。保護者には「かわいい子どもには旅をさせろ」ということわざを思い出していただきたいと思います。私たちが運営している寮は,それまで他人を意識せず,経験していなかった生徒にとってはまさに「旅」であり,大変重要だと思います。

 私たちは共同生活を通じてリーダーのための素養を付与したいと考えています。具体的には,中学生の段階では,「人の目を見てきちっとあいさつができることから始まる生活習慣をきちっとさせること」に重点を置いています。高校生になると,自立性・主体性を重視しています。卒業生には社会の繁栄と個人の幸福の2つをバランスよく見ることができ,自分で自分をコントロールできる人材を育てて,明日の国際社会に貢献してほしいと願っています。