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2010年10月1日(金)第4,319回 例会

働くことの意義

橘 木  俊 詔 氏

京都大学名誉教授
同志社大学教授
橘 木  俊 詔 

1943年兵庫県生まれ。ジョンズ・ホプキンス大学大学院でPhD取得後,米,英,仏,独で教育職,研究職を歴任。帰国後,大阪大学,京都大学教授を経て,現在は同志社大学経済学部教授。元日本経済学会会長。
この間,経済企画庁客員研究官,日本銀行客員研究官,経済産業省ファカルティフェロー等を併任。
経済学的解析により,日本が格差社会に突入したことをいち早く提唱したことで有名。これらの業績に対し,エコノミスト賞,石橋湛山賞等を受賞。また,教育関係の著書も多く,ニュースステーションのコメンテイターを務めるなど多方面で活躍中。

 人はなぜ働くのか,つまり働くことの意義について古今東西の思想から学ぶという話をさせていただきます。

キリスト教は労働重視

 人類始まって以来,人間は働き続けてきました。ヨーロッパでは,ギリシャ哲学は働くことを非常に卑しいことだと考えており,古代ギリシャで働いていたのは奴隷だけで,市民階級や上層部の人たちは全く働かず,政治活動や市民活動をしていました。

 中世に入り,キリスト教の影響が強まると,労働観が大きく変わりました。キリスト教は働くことを重視し,人は働くことによって喜びを得るという論理で,勤労を尊ぶ精神を説きました。

 近世では,経済が発展して資本主義の萌芽が見られ,働くことに対して哲学者や宗教家もいろいろな発言をしました。宗教改革があり,プロテスタントの創始者であるマルティン・ルターやジャン・カルヴァンが「勤労と倹約」の重要性を説きました。ルターやカルヴァンはカソリックが堕落して華美な生活に走ったと批判した観点から「人は勤労をし,生きるために働くけれども,倹約もしないといけない」と説きました。

経済学に共通点

 産業革命がイギリスを中心に起こり,資本主義のメカニズムを研究する学問として経済学が出てきました。「経済学の父」と呼ばれるアダム・スミスは「競争は大事だ。人々が生産活動に励み,労働することが経済の発展にとっては役に立つ。政府が介入したり,いろんなことをやるよりも,民間経済の活力に期待するのが,資本主義のメカニズムを発展させるには一番ふさわしいやり方だ」と主張しており,市場主義の始まりと理解していいと思います。アダム・スミスは「経済に関与する人々のモラルも非常に大事だ」とも言っていました。市場原理主義者としてやりたい放題やればいいと主張しているように見られがちなだけに,このことを強調しておきたいと思います。

 経済学は資本主義擁護派の「近代経済学」と「マルクス経済学」という2つの考え方が大きな流れとして現在まで至っております。大事なことは,この2つの考え方が双方ともに「働くことは非常に大事だ」と言っている点です。近代経済学では,どういう体制なり,どういう企業にすれば,人は一生懸命働くのかを考え,経済学の一分野として経営学が出てきました。

 カール・マルクスは「働かざる者食うべからず」と主張しました。お金持ちからたくさん税金を取って貧乏人に再分配すればいいとマルクス主義者は言っているかもしれないと思われがちですが,これは間違いです。「確かに労働は苦痛を伴うことがあるが,労働によって生活の糧を得るのであり,働かないものはそれを放棄することになり,人間の本質から離れたものになる」として労働を遺棄する人は人間性を失うと考えたのがマルクス主義です。

 労働観についてはヨーロッパには経済学を離れて,もう1つの考え方が生まれました。産業革命の時代でも現代でも,工場のラインでは釘を打つなどの単純作業が多く,これらを人間がずっと続けるのは非常に辛いことだと考える思想です。単純作業や肉体労働のきつい仕事については人間は関与せず,工芸品や絵画など,自分の意志で自分のつくりたいものを一人でつくるという働き方が崇高だという考え方です。ウィリアム・モリスやジョン・ラスキンがこの考え方です。

儒教の影響強い日本

 東洋の思想として,私たちがすぐ浮かぶのが儒教や仏教です。日本では,仏教を信じる人が9割以上でしょう。ところが,不思議なことに,日本人の心の中に脈々と流れているのは,仏教よりも儒教の精神だと私は個人的には考えています。

 儒教は中国で始まった宗教です。日本においても林羅山の朱子学という形で導入されております。あるいは石田梅岩の石門心学では,商業の重視というような形で,働くことは非常に大事なことだと言っています。石田梅岩は商取引で利潤を得ることは恥じる行為ではなく,むしろ立派な商人哲学であると説きました。士農工商の時代に,商人も働く意義を感じるように商哲学の重要さを説いたわけです。

 日本人が今までこれだけ高い勤労意欲で働いてきたのは,思想としては仏教よりも儒教の精神が流れているからだというのが私の解釈です。

 その1つの典型が,二宮尊徳です。私たちの世代では,全国の小学校の正門に二宮尊徳が薪を背負いながら読書をしている銅像がありました。あれはまさに儒教の教えです。「頑張りなさい,働きなさい,勉強しなさい,そして,倹約もしなさい」という儒教の精神が二宮尊徳の銅像に表れています。私は二宮尊徳の言っていることが正しいと思いますが,これを政府が上から下に押しつけようとしたところが嫌いです。

 ドイツの社会学者で宗教学者のマックス・ウェーバーも二宮尊徳と同じ考えを示しており,勤勉と倹約が尊いという理解がかなりの支持を得ていることを示しています。