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2009年6月12日(金)第4,258回 例会

放射線治療の今日と明日

井 上  武 宏 氏

大阪大学大学院医学系研究科
放射線治療学
教授
井 上  武 宏 

1977年岐阜大学医学部卒業,’77年大阪大学医学部付属病院研修室(放射線科),’78年大阪府立成人病センター放射線治療科,’82年大阪大学助手,’89年NTT大阪逓信病院 放射線科医長,’93年大阪大学助手,医学部助教授,
’05年現職。

 大阪大学大学院医学系研究科内科系臨床医学専攻放射線統合医学講座放射線治療学教授の井上です。肩書きの文字数を数えましたら39文字もありまして,間違わずに言えてホッとしております。

 日本には放射線治療医が全国に500名ほどしかいません。各都道府県に10人いるかどうかという状況で,希少動物みたいなものです。治療学教室のある国立大学は14~5しかありませんが,阪大には放射線治療学教室があり,付属病院にも放射線治療科があります。

放射線治療とは

 放射線が当たるとどういうことが起きるのか。放射線が飛んできますと,電子がたたき出されてDNAを破壊します。DNAは1本が壊されても修復できるのですが,2本壊されると回復できません。正常な細胞分裂ができなくなり,細胞は死んでいきます。

 放射線の代表格はX線です。昔のエネルギーの低いX線は,皮膚表面の線量が非常に多く,皮膚障害が起きました。放射線による誘発がんができることもありました。今のX線は高エネルギーで,皮膚表面はそんなには焼けませんので,ご安心ください。

 放射線照射には防護の3原則があります。距離・時間・しゃへいです。この3つの条件が変わると,照射の結果が変わってきます。

 放射線治療は6週間から7週間かかります。なぜか。放射線は照射する線量が多ければ,死んでいく細胞が多くなります。線量が少ないと正常組織は回復しますが,腫瘍細胞の回復は少ないのです。照射を1日休むと正常細胞は生き返ります。照射回数を増やすことで,腫瘍細胞は死んでいくのに,正常組織はそんなに死なない。この差を使って治療しているため,時間がかかるのです。

 最近の病院はX線と電子線が使える直線加速器(リニアック)を使います。電子をそのまま使うのが電子線治療で,ターゲット材という金属に当ててX線に変換するのがX線治療です。通常はX線を使います。

 X線は深部まで照射可能ですが,電子線はあるところでとまるので,脊髄のような大事な臓器には当たりません。電子線は皮膚線量が非常に高く,最初から最後まで電子線で治療しますと,昔の放射線治療のような皮膚障害が起きてしまいます。ですから,通常はX線を照射し,詰めの治療に電子線を使ったりするのです。

放射線はがん治療に効くか

 放射線でがんは治るのか。喉頭がんは切らずに治ります。舌がんは放射線が出る針を舌に埋め込む小線源治療をします。早期乳がんは,温存手術して放射線を当てる温存療法が原則になっています。子宮がんは手術も放射線治療も変わりませんが,進行度合い(病期分類)で治療法は変わります。前立腺がんは,放射線治療が最近の流れです。

 がんには放射線が効きやすいがんと効きにくいがんがあります。子宮がんや前立腺がんなどでは,放射線治療が手術に匹敵します。

 新しい放射線治療方法を3つご紹介します。1つ目は小線源治療です。前立腺がんでは,ヨウ素125シードというものを使います。早期ならアメリカでは日帰りで治療します。朝,病院で小線源を埋め込んでそのまま帰るのです。日本では,線源が膀胱に落ちて外へ流れ出る可能性があるので,最低1日は入院しています。

 2つ目は,粒子線治療です。粒子線,炭素線,あるいは陽子線を使いますと,ブラッグピークといわれる高い線量の箇所ができます。これを手前に広げて特定の範囲だけに大線量を投射します。がんのあるところだけ大線量が当たり,ほかの部分にはほとんど当たらないのです。放射線医学総合研究所のデータをみると,普通の放射線では効きにくい骨肉腫や悪性黒色腫にも有効です。吉永小百合さんが主演された「愛と死を見つめて」を覚えていらっしゃいますか。ヒロインは阪大病院に入院して軟骨肉腫を治療しましたが,粒子線を使えば治ったのではないかと言われております。

 3つ目は,定位照射(ガンマナイフ,サイバーナイフ)です。ガンマナイフは装置の中にコバルト線源が201個あり,非常に細いビームが一点に集中します。ガンマナイフは1回で大線量を照射します。手術でも周辺を含めて取りますから,周辺の一部に障害が起きてもいいから大線量を照射する治療法です。

 大阪大学にあるのはサイバーナイフです。サイバーナイフは,ビームを出す前に患者さんの位置をX線で確認し,治療前につくったCTからの再構成画像と重ね合わせて,位置がずれてないかを確認して照射します。もし,位置がずれていたら,追いかけて治療します。この治療法によって,小さな脳転移であれば,1回の照射でがんが消えることもあります。

 呼吸性移動する肺がんなどに使う場合は,Gatingといって呼気位相だけビームを有効にします。これでも照射幅が広過ぎる場合にはTrackingといって,ロボットが追いかけて照射する治療法があります。肝臓がんも,3カ月もすると消えている。こういう治療ができるようになってきました。

夢の全自動放射線治療機

 私の考える夢の放射線治療には3つのステップがあります。①病巣の正確な把握 ②病巣に対する最適な治療計画 ③治療中の病巣の動きに対する反応ができる-です。現在は②と③ができています。①ができれば全自動洗濯機のような治療機ができます。全自動洗濯機が主婦の家事労働を軽減したように,全自動治療機は放射線治療医を過労から解放すると考えています。私は,われわれの先輩であります手塚治虫先生の「鉄腕アトム」のような,善悪の判断もできるようなロボットの治療機を作りたいなと思っております。