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2006年10月20日(金)第4,135回 例会

日本語と私

安  素 賢 氏

米山奨学生 安  素 賢

1968年韓国・釜山市生まれ。'90年同国の大学卒業後,'98年エールネットワーク専門学校日本語教育科にて日本語を習得。'01年に関西大学文学部入学。'05年同大学卒業,同大学院文学研究科修士課程入学。現在,修士課程2年に在学中。'06年4月から米山奨学生として当クラブ受入れ。

 大阪ロータリークラブの皆様の前でお話をさせていただくことを,光栄に思います。

一首の和歌から

  『古今和歌集』の美しい和歌一首からお話を始めたいと思います。

 はちす葉の にごりにしまぬ 心もて 

 なにかは露を 玉とあざむく

 口語訳は「蓮は,泥水の中に生えていて濁った水に染まらない清い心なのに,どうして露を玉と見せかけて人をだますのか」という意味です。

 この美しい和歌一首に心を奪われ,日本古典文学への道に入りました。それから『竹取物語』をはじめとして『伊勢物語』に『源氏物語』。ただし『源氏物語』はマンガで読んだのですが…。さまざまなすぐれた国文学にめぐり会い,私は古代日本人の歴史や感情,恋心と情熱,別れ,夢とロマン,笑いと涙,生活を綴った教訓とともに試練を乗り越える日本人の知恵と勇気をしみじみと感じることができました。そして,新たな日本に会う機会にもつながりました。

 私は「386世代」。韓国の流行語で,30歳代で,’80年代の大学入学,’60年代の生まれのことです。今にすれば,日本についてはあまりいいイメージの教育と話を聞いた覚えはありません。昔の日本人はサムライのような人ばかりと思い込んでいましたが,日本語で文学を学んだことで,イメージは逆転し,私にはカルチャーショックそのものでした。考えが変わると,より多くの情報や事実を受け容れることができるようになり,1人の人間として,とても成長したと思います。

難しい日本語

 でも,日本語を学ぶことは,簡単ではありませんでした。韓国では「英語は泣きながら入って笑いながら卒業」と言い,「日本語は笑いながら入って泣きながらも卒業ができるかどうか」と言います。

 それほど日本語は,意味の広い,深い言葉なのです。私も,初めは日本語の発音とアクセント,あいまいな日本語の表現にすごく困りました。

 それでも,こんなエピソードがあります。大学2年のとき,奈良の新薬師寺に,韓国では最高位にあるサックス奏者の通訳に行きました。彼は10年余りも日本各地で演奏してきましたが,日本語に興味がなく,知っている言葉は「ありがとう」と「たくわん」だけ。自分の言葉は自分の音楽であり,すべての人とは音楽で話すという思いを頑固に貫いてきた人でした。

 演奏後,日本人が1人ずつコメントする機会がありました。それまで彼は,こうした機会があっても,一度も内容が理解できていませんでした。私の通訳を聞いたとき,彼は突然,大きな声で泣き始めました。日本人の温かい心が理解でき,10年以上も意地を張ってきた自分が恥ずかしくて,日本人の優しい温かい励みを受けて,わいた涙でした。

 言葉が通じない人たちの声になり,お互いの思いや心を伝える通訳に関心を持つようになり,今は通訳に,翻訳家になるという夢を追いかけています。

 私はいま,修士論文に取り組んでいます。修士論文のテーマは「古事記における神話の部分の考察」です。まず,本文を読み下すのが大変でした。神様の名前や地名が,読むだけでは想像がつかなかったので,この夏休みに出雲へ行き,神社などを実際に回ってみました。黄泉平坂(よもつひらさか)を訪れたとき,愛するイザナミを黄泉の国に迎えに行ったイザナギの話に出てくる大岩などが残っていて感動しました。古事記の神話の世界を理解するのに,大変役に立ちました。

 韓国では,お寺は日本に劣らないほどありますが,神社という文化がないので,私も初めは理解しにくかったのです。今は日本を見る観点がすごく変わりましたので,少しずつ理解し始めています。

近くて近い関係へ

 韓日両国の関係は,歴史的にはさまざまな不幸な出来事がありましたが,近年,ようやく文化的な面で共有が盛んになってきました。特に韓国においては,日本文学への関心が著しく高まり,古典文学から現代文学に至るまで幅広い多くの翻訳,解釈,研究などが活発に行われています。

 時代は変わりつつあり,私たちの考えも変わらねば――と思います。英語のチェンジ「Change」のgをcに変えれば,チャンス「Chance」になります。つまり,変わることは機会を与えられることだと思います。

 私は,小さい力ではありますが,わが国の人々が日本に対しての昔の考えやイメージを捨てて隣国としての新たなお付き合いをスタートさせ,「近くて遠い国」と呼ばれている韓国と日本の間を,本当に「近くて近い国」とさせたいと思ってがんばっています。

 米山奨学生になる前,面接試験のとき試験官から「韓国人は,日本人を好きか,嫌いか,どちらかなんですよね。安さんは韓国人として,それをどう思いますか」と質問されました。

 そのとき,私は「それは,すごくプラス的な思考です。なぜなら,嫌いも好きのうちですから,結局は全部好きになることでしょう」と答えました。

 「関心がない」と言われるのが,一番悲しいことだと思ったのです。わが国の人は,日本人が好きだけど,何かの事情で「嫌い」と表現しているだけだと思っています。日本の美しい心を伝えたりすれば,すごく心を開いた仲のいい国になると思います。

 夢を追いかける強さとともに,人を愛する優しさを忘れずに,これからも日本の皆様と接していきたいと願うばかりです。これからもよろしくお願いいたします。