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2006年6月2日(金)第4,116回 例会

いのちとひと

堀    正 二 君(内科医)

会 員 堀    正 二 (内科医)

1945年奈良県生まれ。'70年大阪大学卒業。医学博士(大阪大学)大阪大学医学部教授(第一内科)。心不全学会理事長,日本生体医工学会会長,第27回日本医学総会準備委員長。
当クラブ入会2004年8月。
PH準フェロー,準米山功労者

 生物の一番大事なことは何でしょうか。私は次の2つだろうと思っています。「個の保存」と「種族の保存」です。

 個の保存というのは,自分が長生きしたいという欲求です。食欲も全部それにつながります。食べ,そして1日でも長生きしたい。1日でも早く死のうという人は本当はいません。

 もう1つは種族の保存です。人なら人という種族を保存する。すなわち子孫繁栄です。

父母は長生き,子供も繁栄

 自分が長生きすることと子どもたちが繁栄していくことが,生物に与えられた究極的な命題です。与えられたという言い方をしますと,誰から与えられたのだ,神からだ,そんなものはないということになりますが,科学的に言うと生物の進化の過程で,この2つの特性を持っているものだけが生き残ってきました。

 生物というのは,個の保存と種族の保存という命題を全うするのが幸せです。ですから,お父さんもお母さんも長生きして子どもも繁栄している。これが一番の幸せの姿です。ところが,実際はその両方を満足させることはできません。なぜかというと,私どもは永久には生きられないからです。

 もし永久に生きるとすると単細胞で,雄雌の区別ないのが細胞分裂だけしてどんどん増える──クローン人間がそうなんですが,それでいいじゃないか。自分自身が増殖し,まったく同じ物が2つになり,3つになりといった具合に増えていく。子孫繁栄のために,生殖なんて要らないじゃないかともいえますが,進化の過程でそういうことは起きなかった。

環境の変化にうちかつ多様性

 1つの性質しか持っていないと環境の変化に極めて弱い。例えば氷河期が来て寒くなったときには,ちょうど恐竜が絶滅したように絶滅してしまう。

 環境の変化に対して非常に強いのは,多様性を持っていることです。この多様性をどこで獲得するかというと,雄と雌,男と女の間に生殖が起こって両方の遺伝子が混ざり合う。そうすると親に似て非なる子どもができて,そこに多様性が発生する。これが環境の変化に非常に強い。

 ですから,子どもが何人かいて,新しい環境に勝ち残っていく子どもが残り,弱い子どもは亡くなるかもしれません。そういう形で今まで,生物というのは命を長らえてきたという現実があるのです。もしこれを認めるということであれば,私たちはやはりこの原理を今後とも大事にしないといけないだろうと思います。

 そうすると非常に困るのは,個の保存といいながら,長生きするといいながら,子どもたちに譲るということになると,老化や死は避けられません。親も永久に生き,子どもたちもどんどんということになったら,地球は必ずあふれます。

 世代交番という形で多様性を与えながら,親とは少しずつ違うものをつくりつつ,これを継いでいくということが生物の中で今まで続いてきた仕掛けでしょう。おそらく企業でもそういうことがいえるのではないでしょうか。

 これがすべての進化の中で非常に大事なことですが,私どもが世の中で悩み,あるいは紛争や喧嘩の種は,個の保存と種族の保存との間の葛藤ではないでしょうか。ほとんどがそれに帰着すると思っています。

 両方ともが全うできるのが一番いいのですが,同時には全うできません。どちらかを譲らなければならず,そこに悩みが生じる。

 例えば,タイタニック号が沈み,浮き輪が1つしかない。この浮輪を自分がとって自分が生き残ろうとするのか,子どもに与えて自分は犠牲になろうとするのか。私の答は,どちらでも構わないです。

 個の保存ということで自分が浮輪をとって生き長らえても良いし,種族の保存ということで子どもに与えてもいいと思います。どちらかの命題のための与えられた本能を全うしているからです。

 世界の戦争や紛争の起源をたどっていきますと,ほとんどが食糧か領土,宗教の問題です。それぞれの原因は,今申しあげた個の保存と種族の保存の間の葛藤です。

 それから今,先進医療といわれる臓器移植で起こる脳死の問題もそうです。例えば脳死した人から心臓をいただいて,その心臓で自分が生き残る。個の保存という意味ではそれでいいわけですが,実際にそれが社会で議論される。生殖医療の問題で議論されているのも,ほとんどは個の保存と種族の保存の間の葛藤をどう考えるかであろうと思います。

人間の本来の寿命は50歳

 どんな動物でも平均寿命は成熟年齢の2.5倍です。人間は20歳で成熟する(生殖ができる)としますと,2.5倍の50歳で自分の子どもたちが大人になるのを見届けて死ぬわけです。

 日本の現在の平均寿命は世界一で,男が79歳,女が85歳です。戦前の平均寿命は48歳。私が生まれた昭和20年では,男50歳,女53歳です。ですから,医療が十分入っていない時代には,成熟年齢の2.5倍,人生50年でした。

 そうすると,このわずか60年の間に,寿命が急に30年も延びたわけです。とても神様はそんなことを予測もしていなかったし,長い長い進化の中で,わずか60年の間に遺伝子を変化させようなどとてもできない。

 本来人間が生きられるのはせいぜい50~60年。それ以上長生きでいるということは,個の保存の本能を満たしてくれているわけですから,私たちはこれに感謝しなければならないだろう。皆様方に感謝してくれという意味ではありません。ただ,その気持ちがないと医療というのは語れないのではないかなというふうに私は思っています。