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2006年4月21日(金)第4,112回 例会

大原美術館の考えていること

大 原  謙 一 郎 氏

(財)大原美術館
理事長
大 原  謙 一 郎

1940年倉敷市出身。東京大学を卒業後,エール大学大学院経済学部博士課程修了。'68年(株)クラレ入社,'82年10月~'90年6月同社代表取締役副社長。'90年1月中国銀行顧問,'90年6月~'98年3月同行代表取締役副頭取。現在,大原美術館理事長や倉敷中央病院理事長,倉敷商工会議所会頭,倉敷芸術大学客員教授などを務める。

 「大原美術館の考えていること──地方と文化をきっかけに町衆の心意気を考える」と題してお話します。地方というのは私にとって長い間のテーマです。町衆の心意気としたのは,大阪の方には理解してもらえると思いますが,すべてをつくっているのは,お上ではなく,町衆だからです。

 私たちは「質のよい日本と世界の出会い」を目指しています。大原美術館が今日あるのは十次,虎次郎,孫三郎の3人のおかげです。石井十次先生は孤児院を運営された日本の社会福祉の父とも言われる大人格者です。児島虎次郎は絵描きで,大原孫三郎の1年年下の弟みたいな存在です。

心打たれるエル・グレコの生き様

 「地方の文化力と事業創生力」に関連して幾つか町の名前をあげました。浜松,諏訪,米沢,金沢,京都,大阪──いずれも私が尊敬している町です。日本と世界の質のよい出会いを象徴するのが「なまこ壁」と「エル・グレコ」です。古い蔵や民家のなまこ壁は倉敷の一つのテーマです。美術館の真ん中にはエル・グレコの「受胎告知」という作品があります。

 エル・グレコは名前の通りギリシャ人です。スペインはイスラム文化とカトリック文化という2つの異文明がぶつかっています。そこで活躍していた異邦人作家エル・グレコの作品,生きざまに私たちは非常に強く心を打たれます。

 同様に心を打たれたのが児島虎次郎です。代表作の「和服を着たベルギーの少女」はいつも大原美術館の入口に飾っています。この絵が倉敷の古典的な日本の町並みと世界の美術とのつなぎ目と考えています。

 虎次郎の奥さんは十次さんの娘(長女)です。ここで社会福祉の心と美術家の心とが一緒になり,大原美術館が生まれました。石井十次さんが運営する孤児院の風景を,虎次郎は「情けの庭」で描きました。虎次郎は日本で修業中はこんな優しい心を描いていましたが,ヨーロッパに行くとカーッと光満ちあふれる新しい技法をたくさん身につけました。

地方から文化を創造し発信

 大原美術館は自らの使命を自覚しています。私たちの生活のクオリティーをよりよくするために,そして,芸術家たちが新しいものをつくり出す,そのクオリティーを高めるために,美術館は一生懸命働いています。異文化の融和のために働きます。異文化がお互いを理解し合わないために,どれほど多くの悲惨な出来事が起きたか,私たちは目の当たりにしています。

 だから世界,アジア,日本に対して,お互いの文化を分かり合おうというメッセージを出しているのです。エル・グレコはまさに異文化がぶつかり合うスペインで活躍をしていた異邦人作家です。このことを私たちが発信することで,日本の国の風格を少しでも高めたいと思います。

 地方の文化力と事業創生力。この象徴は大阪であり,浜松です。今,日本を支えているメジャーな産業は自動車産業です。東京生まれ,東京育ちの自動車会社はありません。マツダは広島,ダイハツは大阪,トヨタは遠江,スズキ,ホンダはもちろん浜松です。電機産業は大阪から出てきました。あらゆるものが地方から出ている。

 私はクラレ出身ですが,クラレのライバル会社である東レは滋賀,帝人は米沢が発祥の地です。いずれも文化の深い蓄積があります。諏訪の御柱の祭りの背後には何かすごいものがあります。それが生糸産業につながり,さらに精密な機械を生み出したのです。

 生糸は相場産業です。明治時代に諏訪からニューヨークと横浜に直通の電話線がつながり,諏訪の生糸のメーカーさんはハロー,ハローなんて言いながら,相場を張って仕事をしていた。情報マインドが強い。そこからさらにエプソン,チノン,ヤシカ,北沢バルブが生まれました。全部諏訪です。地方から文化を創造し,発信していくことが,日本の国をつくり上げるうえでものすごい力を発揮したのです。

 大原美術館にはエル・グレコ,モネ,ゴーギャン,ピカソ,モディリアーニ,フォンタナのほか,浜田庄司,河井寛次郎,棟方志功の作品もあります。棟方志功も津軽の思いを非常に深く心の底に刻んでいる絵描きです。それから小出楢重, 安井曾太郎──現代美術のクリエイティブな人たちの多くは関西出身です。

美術品と触れあうイベントも

 「チルドレン・ザ・アートミュージアム」というイベントも催しています。日ごろは「彫刻に触らないで」と注意しますが,この日だけは「彫刻に触っていいよ。よじ登ってもいいよ」と言います。ただし,はだしです。このように芸術品,美術品と触れ合えるイベントを開催しています。

 相田誠,小沢剛,山口晃──こうした新しい芸術家を育てながら,高校生の現代アートのビエンナーレもやっています。

 「アーティスト イン レジデンス」という活動もあります。倉敷に住んでいただき,大原美術館に近い環境の中で新しいクリエーションに取り組んでいただく試みです。美術品に接することによって,異文化との融和,日本とヨーロッパ,ギリシャ,それからイスラムとカトリックとお互いにもっとわかり合おうというメッセージを一生懸命発信していきたいと考えています。