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2005年5月13日(金)第4,068回 例会

モーツァルトの秘密

門  良 一 氏

京都産業大学教授
モーツァルト室内管弦楽団 常任指揮者
門  良 一

1939年大阪生まれ。 '62年京都大学理学部卒業。'67年同大学院終了。 専門は物理学(電波分光学, 核磁気共鳴)。'70年同志と共にモーツァルト室内管弦楽団を創立,常任指揮者となり,現在に至る。 '87年, モーツァルトのピアノ協奏曲全27曲, 交響曲全74曲演奏完結に対し, 楽団と共に第5回藤堂音楽賞を受賞。現在, 日本指揮者協会会員。NHK大阪・神戸文化センター「モーツァルトを聴く」講師。

 今日は,モーツァルトという音楽家のこと,彼の音楽の特徴と魅力,モーツァルトの作曲哲学・美学,日本人との関わり,最後にモーツァルト演奏の現場,こういうお話をしたいと思います。18世紀後半に活躍した音楽家ですが,ザルツブルグで生まれ,ウィーンで活躍したオーストリアの作曲家です。「神童」の呼び名が高く小さい頃から大変活躍しました。夭折の天才としても知られており,35歳で亡くなっております。

 父親が有名なヴァイオリンの教師・作曲家でしたから,父親があちこち連れ回したということでも有名です。しかし,モーツァルト自身は世渡りが大変下手でして,ヨーロッパじゅう旅行して就職活動をしたのですが,大きな出世はできずに,ウィーン宮廷の副楽長という身分で終わりました。

職人芸の大家

 そういう不運な短い生涯を終えた作曲家ですが,大変多くの傑作を残しております。宗教音楽から交響曲・編成楽曲までと,ありとあらゆる分野にたくさんの傑作を残しました。モーツァルトの音楽は幾つも表現できますが,まず,華やかである。そうして作品のつくりは大変に緻密で念入りである。当時の作曲というのは,注文生産です。芸術家が工房にこもってコツコツと作品を作って世に送り出すというパターンはもっと後の話でありまして,とにかく貴族や王様から「これを作れ」と言われると,たちまち作らなければいけない。モーツァルトはそういう次元でも絶対に手抜きをしない,一生懸命に作ってしまうというタイプの人でした。「職人芸の大家」です。

 その結果,出来上がった曲というのは,大変バランスがよくて流麗である。これはその当時の社会から要求される作品の特徴であるわけですが,当時の他の作曲家に比べましても音楽の美しさというのは群を抜いております。メロディーの大家でもあります。それから,モーツァルトの音楽の最大の特徴としましてメランコリーというのがあります。じっくり聞き込みますと,なかなか心に響く。このメランコリーがモーツァルトのいかなる精神構造から出てくるのかというのが,モーツァルトの秘密というか,謎です。これは精神の奥深く,魂の叫びというようなものが自然に出てきたとしか言いようがないと思います。

職人としての自負心

 こういうすばらしい音楽を次々に作ったモーツァルトの作曲哲学というのはどういうものであるのか。父親との間におびただしい数の手紙をやり取りしています。この手紙を引用しますと「僕の作品にはあらゆる種類の人間にわかる音楽があります」。これをくだいて言いますと,「あちこちに音楽通だけが満足を覚える個所もありながら,それでいて通でない人もなぜか知らないながらもきっと満足するようなものです」。こう言っているわけです。「音楽のわからない人が聞いても,きれいに聞こえるように作ってある。しかし,わかる人がもっと突っ込んで聞いても十分それに応えられるだけのことはしてある」という最大の職人としての自負心をここで語っています。

 当時,こういうモーツァルトの本質を鋭く見抜いた人がいました。それはウィーンでの彼のパトロンのひとりでありました皇帝ヨーゼフ2世です。このヨーゼフ2世が,モーツァルトが「後宮よりの逃走」というウィーンで初めて成功したオペラを上演したときに,「少々音符が多過ぎはしないかね」と言ったというんです。モーツァルトは「いいえ,陛下,音符は必要なだけございます」と答えたという。このヨーゼフ2世という人は,おそらく素人の勘で,手の込んだ音楽を作る男だな,ちょっと手が込み過ぎてわけがわからないと正直に言っているわけです。

 非常に美しくてメランコリーにあふれたメロディーですが,何かちょっと人の心の中に入り込んでくる感じがします。それでいて,何かを訴えているというわけではない。桂小米朝師匠は「モーツァルトの音楽にはメッセージ性がない」と言いました。なかなかの名言だと思います。小米朝さんは,モーツァルトの大ファンで,なかなか的確なことをおっしゃいます。

日本人と不思議な符号

 さて,モーツァルトと日本人の関わりです。モーツァルト音楽の本質と日本人の国民性とには,共通点が多くあります。まず,何でも取り込むということです。日本ぐらい世界じゅうの文化が取り込まれている国はないと思います。料理,スポーツ,世界じゅうのありとあらゆるものがあります。さらにそれらを総合化する,そういう能力を日本人は卓越したものを持っていると思います。モーツァルトは,日本について何の認識もありませんし,関係はないのですが,こういう不思議な符合があるのではないか。その音楽の中に一貫して流れているものは,「40番シンフォニー」のメロディーを思い浮かべていただきたいのですが,これが日本人の精神性と合致しているのではないか。

 日本にはモーツァルトの愛好者が非常に多くて,その音楽に対して云々する人が大変多い。それだけ,モーツァルトの確固とした演奏があるべきではないかというのが私の考えでして,つたないながらもモーツァルトの作品をこれからも演奏していきたいと思っています。