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2004年6月11日(金)第4,026回 例会

米企業経営の多様性

西 岡  幸 一 氏

日本経済新聞社 コラムニスト 西 岡  幸 一 

1946年大阪生まれ。71年大阪大学大学院修士課程修了。同年日本経済新聞入社。76年カナダ・コンファレンスボード研究員。78年日本経済新聞社産業部記者。85年日本経済研究センター主任研究員。88年日本経済新聞編集委員。94年米スタンフォード大学経済政策研究所研究員。96年日本経済新聞論説委員兼編集委員、現在に至る。著書・訳書等多数。

 1990年の初頭あたりをピークに,いわゆる失われた10年という下落の過程がありました。2002年あたりまで,「日本企業はダメだ。アメリカ企業を見ろ」という対比の図式がありました。

 アメリカの企業の元気さを言う場合,西はシリコンバレーの企業,東側はウォールストリートの企業の二つを見るとらえ方が非常に多かった。シリコンバレー企業の経営決断の速さや,技術革新の意欲。東側はマネーを中心とした企業の席巻。この二つがアメリカ企業だ,ガバナンスはこうあるべきだと。

 しかし,選挙の時,アメリカの国民の意識や行動に非常に多様性があるように,企業にも非常に多様性がある,だからこそ,アメリカの企業は強いと思います。

人を重視する米企業

 どういう企業がどんな経営戦略を導入しているのか。要は金を重視するか,人を重視するかです。90年代に日本が没落,アメリカが上がっていく過程の最大の分かれ目は,企業はもうけなければいけないという純粋な市場主義に対し,人にどこまでウエートを置くかの差です。長期の没落傾向から,今上がり始めているときだから,もう一度きっちり企業のあり方を検討し直す時期と思います。

 去年の夏,ミシガン州ジーランドの「ハーマミラー」というビジネス家具の会社を訪問しました。歴史は80年ぐらいの非常に健全経営の会社です。本社はこじんまりとした木造の2階建てで,中は屏風風のものでしか仕切っていない。ここは環境や人に対して至れり尽くせりの会社です。

株主に対する配慮が定着

 9・11の同時テロ後,景気が一時期落ち込んだときに多少収支が悪化し,初めての赤字を記録したが,その翌年の会社のアニュアルレポートが受付の横に積んであり,誰でも取れます 。

 表紙に橙色の15センチ角ぐらいのものが張り付けてあり「何だろう」と取りはずすと,ポンチョ,カッパです。そこに,「地域の皆さん,従業員の皆さん,去年は苦しいときがあってご迷惑をおかけしました。ただし,雨の日があれば,晴れるときは必ず来ます。雨のときにはこのポンチョを使ってください」という趣旨のことが書いてある。「苦しいときは一時期だけです。皆さんのお陰で戻ることができました」というメッセージで,株主に対する配慮が定着している。

 こんな社風がなぜ生まれたかと言うと,2代目経営者のとき,椅子をつくっている従業員が亡くなり,ミラー社長が葬式に行くと,奥さんが「主人の部屋を片づけていたらこんなものが出てきました」と10冊ほどのノートを見せた。詩集です。工員さんは,詩を書いていた。その詩は非常によくできていて,社長は出版してあげた。

 わが社の従業員に,こういう才能を持っている人がいる。たぶん,ほかにもいるだろう。そういう人たちをどんどん拾い上げ,支援にもっと心を配らなくてはいけないなとミラーさんは思いました。大分昔から続いている伝統で,今申し上げたような配慮が行き届く。

 今の社長は「社員を募集する時は,ハンド(人手)と同時にハートとヘッドという三つのHが欲しいから採用する」と言いました。そういう発想は,アメリカで非常に根付いており,ある種の企業では常識です。

 ウイスコンシン州のミルウォーキーに「ハーレーダヴィッドソン」という単車の会社があります。80年代の半ばぐらいに,ヤマハやホンダ,カワサキなどに攻められて,事実上倒産したことがあるが,その後は増益を続けている。

 本社は3階建てぐらいのレンガづくりのみすぼらしい建物で,受付の女性は黒のつなぎの服を着ている,車の下にもぐり込む修理工が着る服でリベットがやたら打ってある。社長さんも会長さんも黒いつなぎの服にリベット。それが制服です。「これが嫌だという人は大体うちの社に来ない」とのことでした。

 8畳ぐらいの応接室には花も絵もないが,何枚かのプレートが掛けられており,その中の 「Value」というプレートを見ると,五つ書いてある。「嘘をつくな。約束を守れ。公平に扱え。好奇心を持て,他人を尊敬せよ」と麗々しく書いてある。普通,こういうのは気恥ずかしいものですが,無頓着に掲げて,それが空気みたいになっている。「これを見て目を伏せるような人はうちへは来ない」と言うわけです。従業員が約1万人,2,000億円ぐらいの規模の大企業なのに,そういう一つの旗のもとに集まれる。

企業荘園制の伝統

 もっと違う企業を紹介したい。ノースカロライナ州ケアリーに「SAS」という会社があります。ソフトウエアでは,マイクロソフトに次いで世界で2番目に大きな会社です。ノースカロライナは,歴史的に言うとタバコの産地で,SASはタバコの葉と肥料との関係を統計的に処理するソフトウエアを二十数年前に開発し,今はデータのサンプル時に,共通点は何かといった点を抜き出すソフトを考案し,これで世界ナンバーワンになった。

 会社には芝生と林があってゴルフ場のようでした。年間売り上げ額は今,2,000億ぐらいあります。ここは何が売りかと言うと,福利厚生が至れり尽くせり。ゼロ歳児から6歳まで面倒を見る保育所,ゴルフ場,体育館,プール,病院と完璧にそろっています。かつての GMとかIBMが非常に強かったころ,福利厚生の充実が非常に流行したことがあり,学者は「企業荘園制」と言っていました,領主が全部面倒を見るからで,非常に心を配っている。そして,経営と両立している。

 結論をスローガン的に言いますと,企業の「企」は,「人が去ると止まる」ということです。