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2004年3月12日(金)第4,015回 例会

他国のイメージはどのようにつくられるか
-イギリスの子どもの本の中の日本

三宅 興子 氏

梅花女子大学教授 三宅 興子

1938年大阪生まれ。64年大谷女子短期大学英語英文科教員。83年梅花女子大学児童文学科教員。64年に慶応-スタンフォード交換留学で渡米。以後「子どもの本による国際理解」が関心。主な著書『イギリス児童文学論』『児童文学12の扉をひらく』など。

 子どもの時に,いったん頭にこびりついたイメージは,なかなか他のものに変えることができません。例えば,オランダというと,チューリップを持った女の子が民俗衣装を着ているイメージが浮かびます。他国のイメージはどこから,いつごろ,どのようにしてつくられてきたのか。イギリスの子どもの本の中の日本を主題にお話ししたい。19世紀半ばごろには,「日本へ行ったイギリス少年」という冒険物語が出版されています。マークという少年が,日本へ行って行方不明になった船長のお父さんを捜しに来るストーリーです。マークは日本のことをあれこれ勉強しますが,とくに力を入れたのは,なぜか「扇の作法」と書かれています。「扇をどう使いこなせるかが,日本人になるのに一番大事なことだ」としており,日本人の目から見ると大変不思議な日本旅行記です。

扇と地震が日本名物?

 マークは非常に活躍し,牢獄に捕らわれているお父さんを救出しますが,その時にちょうど地震が起こる設定になっています。日本を紹介している冒険小説では,必ずといってよいほど地震が発生しています。非常にステレオタイプですが,扇と地震はその後,日本の紹介で必ず出てくるイメージです。19世紀末になると,イギリスの植民地主義がピークに達し,「ザ・ワールド」とか「オール・ネイションズ(全世界)」という言葉が子どもの本に行き渡ります。いろいろな絵本が出版され,日本が紹介されています。「世界の赤んぼう」という本では,日本の赤ちゃんが靴を履いて,凧を揚げようとしている表紙が付いています。どこか奇妙で事実と異なるイメージです。この本で作者は,「まあるい世界,どこにでも,かわいい赤んぼうがいる」と書いています。「ニグロの赤んぼう」のところでは「赤んぼうは,ピンクいろでも,白くても,金髪でも――羊毛のような髪でも,夜のように真っ黒でも,お母さんには,同じようにいとおしく,うちの子が一番」と記している。しかし,「イギリスの赤んぼう」には,がっくりさせられます。「いろんな赤んぼうがいるなかで――やっぱり,イギリスの赤んぼうが一番きれい」と言っている。本音と建前の違いがくっきり出ていて,イギリスの子が一番かわいいという刷り込みがなされている。「日本の赤んぼう」では,おんぶしているお母さんが傘をさし,赤ちゃんのまげを剃ってある。このイメージが戦前まで続いてきました。

人形絵本で世界を体験

 世紀末になると,イギリスの中産階級の家庭には子ども部屋ができ,絵本が発達し,人形が登場する絵本が多く出版されます。

 よく読まれたものに「ゴリウォグ」というタイトルで10作程度のシリーズがあります。アメリカの黒人をイメージした人形がオランダ人形と一緒にいろんな国へ旅行するストーリーです。その2作目に早くも,日本へ来てゲイシャガールの出迎えを受けるシーンがあります。この中では富士山と異教のシンボルである寺,人力車,傘が登場します。

 とくに,人力車は日本のイメージとして大変インパクトが強かった。実際に使われたのは1870年ごろから40年―50年間なのに,馬の代わりに人間が車を引くというのが,後進的なイメージとしてイギリス人の脳裏に強く焼き付いたようです。

 子ども部屋の人形には,地理の勉強という意味もあったと思われます。いろんな国の人形を集めることで世界を体験する訳です。その中には必ず日本人形が入っていました。西洋人形と違うインパクトがあったからです。

日本人形のイメージは二つあり,一つは「美しいもの,きれいなもの」で日本のイメージに近い。もう一つは「こっけいなもの,おかしいもの」で,くっきり分かれます。

 実際に日本へ来たイギリス人が,子どもに日本を紹介した内容にも触れたい。キリスト教の伝道のために来た人が多く,最初から「野蛮な人を助けてあげよう」という目で日本人を見ていたようです。ある文化的思い込みがあると,本当の暮らしはなかなか見えなかったと思います。

工業都市と人力車が同居

  例えば,1911年に発行された「世界めぐり」という本では,こんな風に紹介されています。「日本は,イギリスと同じような,小さいがよく耕作された島国である。時には東洋のイギリスと呼ばれている。人々は風采が上がらない。丸くのっぺりした顔,あぐらをかいた鼻,浅黒い皮膚の色をしている。その上,非常に小さい。しかし,『小さくても善良』は,日本人の処世訓であるようだ。彼らは賢くて活気がある。勇敢で丈夫である。霜や雪の中でも,ほとんど裸で畑で働く」

 20世紀に入ってからでもこんな表現です。しかも,きちんとした出版社が出している。

 「東洋のワンダーランド」という本では,中身は正しい日本紹介なのに,挿絵には相変わらず富士山や傘が登場している。「大阪は工業都市だ」との記述と,人力車が同居している本もあり,これを読んだ人は,日本のイメージを作れなかったでしょう。この手法は実は今も続いていて,歌舞伎や着物など日本古来の美を挙げた上で,新幹線を持ってくる。

2000年に出た本でも,日本女性は傘をさして立っています。

 正しいイメージを外国の子どもに伝えるのは非常に難しい。日本の古いものを大事にするのはもちろんですが,新しいイメージをどう発信していくかが,大きな課題です。子どもの本の世界にも興味を持っていただき,読み手として参加してもらえれば幸いです。