会 員

出 口  湛 龍 君(宗教)

1951年大阪生まれ。龍谷大学大学院文学部修士課程を終え,2000年相愛学園学園長・理事長。現在,(財)あそかビハーラ病院理事長,社会福祉法人ビハーラ本願寺理事長。’00年8月当クラブ入会,’02年副S.A.A.,’06年青少年委員長・理事。米山功労者・PHF。

 豊臣秀吉が大坂城を建立しましたが,それより前に本願寺の蓮如という方が大坂本願寺(後の石山本願寺)を建てたところから,大阪の歴史は始まります。
相手を気遣う浪花言葉
 織田信長が天下統一の際,石山本願寺と11年間戦争をしました。最終的には和睦し,和歌山の鷺ノ森,貝塚,そして天満に本願寺ができた時には,すでに秀吉の時代でした。
 せっかく立派な本願寺が天満にできたのに,すぐに「京都の西本願寺に移れ」と言われました。当時は顕如という第11代の御門主でしたが,跡を継いだのは三男の准如上人。長男の教如上人は,後に徳川家康から京都駅前の土地を与えられ,東本願寺を建立しました。この時に一つだった本願寺が東と西に分裂したということです。
 その後,大坂の人々が本願寺の別院をとお願いし,准如上人が北御堂津村別院を,教如上人が南御堂難波別院を建てました。二つの間の道が「御堂さんの筋」と親しまれ,現在の「御堂筋」として発展する礎となりました。浄土真宗の「み教え」を熱心に信仰していた近江商人が「御堂さんの鐘の聞こえるところでお商売したい」と集まって来られたのが「船場」で,大阪の文化を繁栄させました。
 相愛学園人文学部に前垣先生という方がいらっしゃいますが,その先生から「今度テレビに出るから,見てほしい」と言われ,「何に出るの」と聞いたら,「秘密のケンミンSHOW」に出演するということでした。番組は,大阪人の「考えとくわ」というのはどういう意味かというテーマでした。例えば,大阪の人に新聞の購読を頼んだら,「うん,考えとくわ」と言う。この「考えとくわ」について,東京と福岡でインタビューすると,時間を置いて,必要であれば購読する,嫌ならば断るということを「考えとくわ」ということでした。ところが,心斎橋で歩いているおばちゃんに,「『新聞とって』『考えとくわ』というのはどういう意味ですか」と聞いたら,「まあ,要らんというこっちゃ」と言われました。断りですね。
 前垣先生は番組の中で,「これは,大阪人の配慮である。ストレートに断るのではなくて,相手に気遣う浪花言葉の独特の言い回しである」と解説していました。要するに,遠回しに断るというのが大阪人ということで,大阪にはこういう特色があるわけです。
お陰様と捉える上方文化
 「カンブリア宮殿」で司会をしている村上龍さんが,ある冊子にこういう文章を載せておられました。読ませていただきます。
 ――たわいのない符牒や造語とは違い,日本人や社会の堕落を象徴する表現もある。その代表が「○○させていただきます」という表現だ。へりくだっていて,謙虚で,敬意を表している印象もあるが,実際は違う。(中略)「○○させていただきます」という表現は,決定と責任の所在を曖昧にできるために,あっという間に流通・定着した。わたしたちの社会は,決定と責任の所在をはっきりさせることを嫌う。言い換えれば,「自らの意志による決定」の明言からの逃避であり,甘えが奨励されていることになる。「甘え合う」ことが善となっている社会からの,暗黙の要請と強制が働いているのである。――
 今の日本の風潮はこういうことであろうと思います。しかし,一方,司馬遼太郎さんは「街道をゆく24近江散歩」でこういう風に書いておられます。
 ――日本語には,させて頂きます,というふしぎな語法がある。(中略)この語法は,浄土真宗の教義上から出たもので,他宗には,思想としても,言いまわしとしても無い。真宗においては,すべて阿弥陀如来によって生かしていただいている。(中略)この語法は絶対他力を想定してしか成立しない。それによって,「お蔭」が成立し,「お蔭」という観念があればこそ,「地下鉄で虎ノ門までゆかせて頂きました」などと言う。相手の銭で乗ったわけではない。自分の足と銭で地下鉄に乗ったのに,「頂きました」などというのは,他力への信仰が存在するためである。もっともいまは語法だけになっている。
 かつての近江商人のおもしろさは,かれらが同時に近江門徒であったことである。京・大坂や江戸へ出て商いをする場合も,得意先の玄関先でつい門徒語法が出た。「かしこまりました。それではあすの三時に届けさせて頂きます」というふうに。――
 「させていただく」という言葉は,自分でしていてもお陰様と捉える上方文化から生まれた言葉でした。大きな働きの中で生かされていると考える言葉ではないかと思います。
仏法を主とする信仰心
 伊藤忠商事で活躍された越後正一さんの話ですが,芦屋に邸宅を建て,故郷のお父さんを招いたことがあったそうです。お父さんは「ご主人様がおられんような家に伺うことはできない」と固辞されました。越後さんは訳が分からなかったそうですが,しばらくするうちに思い当たることがありました。お父さんは毎朝お勤めを欠かさず,阿弥陀さん中心の日暮らしをしておられたのです。越後さんはそのことに気づかれ,芦屋のお家にお仏壇を迎えて改めて招いたところ,「そうですか,ご主人様がおいでになりましたか」と喜んでくれたそうです。
 蓮如上人は「仏法を主とし世間を客人とせよ」と説かれました。要するに「私たちの中心は何であるかということを押さえて,そしていろいろな世間の仕事をしていきなさい」ということで,大坂から生まれた「させていただきます」という言葉につながったと思います。
 本日は,大阪ロータリークラブの皆様のお陰で卓話をさせていただきました。





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