小説家

黒 川  博 行 

1949年愛媛県生まれ。京都市立芸術大学卒業後,高校美術教師を経て作家に。’83年『二度のお別れ』で第1回サントリーミステリー大賞佳作を受賞。’86年に『キャッツアイころがった』で第4回サントリーミステリー大賞,’96年『カウント・プラン』で日本推理作家協会賞,2014年『破門』で直木三十五賞を受賞。また,『疫病神』シリーズなど,エンターテインメント性の高い骨太なミステリー作品も多く,『後妻業』『破門』『螻蛄』などがテレビドラマ化や映画化されている。

 僕,美術品,いわゆる骨董の話は3つ書いています。文庫本で『文福茶釜』『離れ折紙』『蒼煌』。僕自身,高校の美術の教師を10年やってまして,日本画なら多少の目利きもできると思っております。そこで,小説には書けなかった裏話をしてみようかなと思います。
美術作品は作家が亡くなれば終わり
 まず,作家が亡くなったら,作品の値段が上がるであろうと,ここにいらっしゃる方々の多分90%ぐらいまではそう思っていると思います。でも,大間違いです。暴落します。なぜかと言うと,例えば古美術,いわゆる骨董品の年間マーケットが1,000億,新作のマーケットが100億あったとします。この新作と骨董・古美術のマーケットの割合は,いつでも一緒です。毎年,この100億のマーケットから何人か死んで,広い方のマーケットに入っていきます。だから,新作の方のマーケットで価値がなくなる必要があります。でないと,新作を描いている人は飯を食えません。
 今,大家もたくさんいて,たまにメディアなんかに出ます。芸術院会員になったとか,文化勲章をとったとかの話題が必ず出ます,生きていればね。でも,亡くなればメディアに出ることもなくなり,いずれは忘れ去られ,作品の価値もなくなります。我々小説家も一緒です。僕も死んだらおしまいです。「ああ,昔そういう名前の小説家もおったな」というだけのことです。実感としては,生前の美術品の価値をそのまま受け継いで後世に伝えられる人は,50人に1人ぐらいです。何を判断基準にそうなるかというのは,時代です。時代の波に流されることなく,作品の価値を保持していけるかどうか,としか言えないです。
価値ではなく「好き」で買ってほしい
 将来的に値段が上がるのでは,あるいは会社の資産として買っておけばいいのでは,この作家はもうすぐ亡くなるだろうからこの先値段が上がるでしょう,と画商に勧められて作品をお買いになる方もおられると思います。でも,それは無理です。例えば1,000万払って作品を買いました。その作家が亡くなれば,ほぼゼロか1/10になります。
 それと,売値と買値の差ですが,テレビ番組の「開運!なんでも鑑定団」で鑑定の値段が出ますよね。出品者が「高い値段がついたら,これを売って皆で旅行に行く」とか言っています。けれどもあれは,番組で出た鑑定値です。鑑定価格とは,自分の店でならこれぐらいで売りますよという希望価格です。「100万円の値段がついたから買い取ってください」と,古美術商や画廊に持ち込んでも,多分1/5〜1/10ぐらいです。当然です。画廊の側にすれば,鑑定価格が100万円のモノを,いつ売れるかもわからないのに80万円で引き取ったら,絶対商売できません。
 古美術品,骨董品,美術品を買うときは,よほど注意してください。要するに,先々お金にしようとか,資産を守ろうとか一切考えないで,自分のこづかいで,好きやと思ったら当然買うべきです。うちの嫁はんも日本画家ですから,買ってもらったらうれしいです。
書いた人が重要な書,大半が偽物の刀剣
 個別の話をしていきたいと思います。まず日本画から。バブルの頃,日本画の「五山」と呼ばれる人たちがいました。東山魁夷,杉山寧,高山辰雄,加山又造,平山郁夫の5人。皆,名前に山がつきます。恐ろしい値段がしました。号当たり,号というのはハガキ1枚ですけど,500万円,1000万円は当たり前。100号ぐらいの絵ならすぐ1億ぐらいいってしまうんです。五山の中で,今値段が維持できているのは,加山又造ぐらいやと思います,東山魁夷も良いものはいいです。
 次は書,お習字です。書に,芸術としての価値はありません。なぜ書に値段があるかと言うと,書いた人の名前でマーケットに流通しているからです。「西郷隆盛が書いた書」「坂本龍馬の手紙」というふうに,名前のある人が書を書けば,ある程度の価値が生じます。有名スポーツ選手のサインと一緒です。でもその人が現役を引退すればサインもほとんど価値がなくなるのと一緒で,歴史上の人物も,少しずつ忘れ去られていく人の書に関しては,やはり値段が下がっていきます。
 次は洋画です。洋画は世界中で描かれているものですから,どんな作品,どんな作風で描いても,必ず先例者がいます。そういう意味でマーケットがものすごく狭い。世界に通用したのは,多分藤田嗣治(レオナール・フジタ)くらいでしょう。彼の日本画的な作風が通用したのではないかなと僕は思います。
 彫刻ですが,彫塑(ちょうそ)はダメです。世界でも多分売れません。ほかの国でも,今は時代遅れで売れません。日本でも当然売れません。ロダンは大丈夫でしょうが。
 工芸には刀剣が含まれます。刀は日本で約300万本ぐらいあります。うち登録している刀が200万本,未登録が100万本ぐらい。みなさんがお考えになっているよりは簡単なんですよ,刀剣を鍛造するのは。美術品の中で,偽物が一番多いのは刀剣です。銘のあるものの半分以上は偽物と思ってください。なぜそんなに多いか。刀剣は,柄を外すと茎(なかご)が出てきますが,茎に刻印,銘が打ってあります。あの銘は,プロの鏨師(たがねし)なら30分ぐらいで打てます。だから,刀剣は相当危ない。この刀剣は誰それのものですよという証明書,折紙も偽物が多いです。
 版画は浮世絵だけです,値段が維持できると思うのは。現代の作家の版画がどれぐらいまでいくか,ちょっとわかりづらい。
 時間なので終わります。ありがとうございました。


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