総合地球環境学研究所
研究基盤国際センター

松 本  卓 也 

1987年4月三重県に生まれ,主に奈良県で育つ。2010年京都大学理学部卒業。’15年同大学院理学研究科博士後期課程研究指導認定。’16年日本学術振興会特別研究員PD,総合地球環境学研究所研究基盤国際センター所属。’19年理学博士取得。京都大学で山極壽一総長の最後の弟子の一人として師事。論文,著書多数出版。

 私は京都大学人類進化論研究室の出身で,現所属は総合地球環境学研究所です。アフリカでのフィールド歴は合計で約2年半になります。本日は,「野生チンパンジーの障害児~母親の子育ておよび他個体の反応~」の題で発表いたします。
ヒトの祖先の行動を知る「霊長類学」
 本日お話しするのは,大きく分けて3つです。まず「霊長類学」の魅力,それから「私自身の研究」。野生チンパンジーの中で障害児が発見されましたので,その事例を紹介します。3つめは,この研究における報道内容についてです。
 まず「霊長類学」について。霊長類学は,我々ヒトがどのように今の状態になったのか,過去のヒトはどうだったのかを知るための学問です。過去の生物史を知るために最も重要な研究材料は「化石」です。しかし,化石のみではなかなか難しい場合もあります。
 では,一体どうするか。これは生物の進化の道筋を描いた「進化の系統樹」ですが,ヒト,チンパンジー,ピグミーチンパンジーともいわれるボノボがいますね。我々ヒトとチンパンジーの共通祖先は諸説ありますが,およそ700万年前頃に分かれたといわれており,遺伝子の差は1.23%しかありません。
 たとえば,地面に寝転がって足を伸ばして足に子どもを乗せる「飛行機遊び」はヒトだけでなく,チンパンジーやゴリラもします。これによって,おそらく900万年前にいた我々の共通のご先祖様も飛行機遊びをしていたのだろう,ということが前提になるわけです。ヒトとチンパンジーの行動を詳細に分析比較して,過去ではどうだったのかを推察して考えることが霊長類学の目的の1つであります。
子どもの障害で母親の子育てが変化
 私は東アフリカ・タンザニアの「マハレ山塊国立公園」に約2年半滞在しましたが,ここには50年の調査の歴史があります。この50年間で初めて,私が滞在しているときにチンパンジーの障害児が生まれました。
 普通のチンパンジーの子どもとの違いを調べてみますと,①半開きの口でいることが多い②おなかに腫れ物がある③地面で寝かされる④指が6本⑤お姉ちゃんがよく世話をしていた⑥背中に少しはげている部分がある。このような外見的特徴があります。
 母親であるクリスティーナの特徴はどうだったか。「36歳という高齢出産による影響では」という推測も論文では記述しているのですが,実際にDNAを採って調べることができなかったので,遺伝的な疾患があったかどうかはわかりません。
 保護的に子育てをする母親もいるのですが,クリスティーナは比較的放任主義だということが,これまでの子育てからわかっていました。しかし,面白いことに,今回の障害のある子どもに関しては,お姉ちゃんもしくはお兄ちゃんが世話をするところしか観察できず,非血縁個体は世話をしなかった。これは,お母さんが世話をさせなかったと言ったほうが正しいかもしれません。ですので,お母さんは子どもの障害をある程度理解して,子育てを変えていたのではないかと考えています。
 最初に,霊長類学というのは過去のヒトを知る学問だと紹介しました。化石には残らない昔のヒトの特徴として,障害のあるヒトは世話を受けていたかどうかを考えてみたいと思います。これも文化の差などがあって難しいのですが,基本的には障害のあるヒトを他個体,つまり血縁でないヒトも世話ができるという社会であったと思います。しかし,チンパンジーの場合はそうではないことが,今回の事例からいえます。ヒトの進化の過程で,「血縁以外の他者」も世話をするようになったのかもしれません。
 たとえばチンパンジーは,離合集散という表現をされますが,ときにバラバラに動いて,ときにまとまるというような社会の組織をつくっています。しかし,ヒトは地域社会を形成して,ある程度関係を続けるという社会組織になっています。これによって障害のあるヒトの世話をすることが可能になったのかもしれません。ヒトは他個体,ほかの赤ちゃんも合わせて,たくさんの個体をたくさんのお母さんで育てる。あるいはおばあちゃんなどが育てるといった共同育児が見られますが,チンパンジーには見られません。障害児の子育てや世話が,ヒトとチンパンジーの進化の過程で変わってきたことも考えられます。
報道の"人間中心的な常識" に注意を
 ここまでが私の研究になりますが,この研究成果における報道内容がどうだったか。
 まず注意してほしいのは,チンパンジーの非血縁者が障害のある個体の世話ができないというわけではないこと。この50年近い調査で初めて,しかもたった一度の発見だということを理解していただきたい。もしかしたら今後,障害児を他者に預けるお母さんが発見されるかもしれません。
 メディアの表現について見てみますと,なんだかいい話として取り上げられることが多かったですね。「チンパンジーも介護」「チンパンジー抱く手」のように,感動的な話になっている印象を受けました。
 チンパンジーの研究成果が人間にとっていい話になる背景について考えてみると,生物に関して人間中心的な考えがあるかと思います。ヒト以外の動物が障害児を世話できるなんて「偉い・スゴイ・人間みたい」というのをニュースのコメントで見ました。こうした感想を抱くのは,「人間以外にはできない」という常識のせいではないかと思います。しかし,ここで私が皆さんにお伝えしたいのは,こうした常識を安易に受け入れないでほしいということです。我々は万物の霊長のように言われますけれど,我々もあくまで生物の一種。その意識を持ってほしいと願っています。
 私は今後も,マハレ山塊国立公園のチンパンジー集団を追いかけ続けていきますので,また新しい知見を皆さんに提供できればと思っています。
(スライド・映像とともに)





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