会 員

辻    芳 樹 君(教育)

1964年生まれ。英国,米国で教育を受け,’93年より現職。2000年に主要国首脳会議(九州・沖縄サミット)にて首脳晩餐会料理監修。’14年にはユネスコ世界無形文化遺産登録検討委員に就任。’17年内閣府クールジャパン人材育成検討会にて構成員に就任。欧州や米国を中心に食の最前線を調査研究し,その成果を次世代のプロの料理人育成に生かしている。当クラブ入会1997年10月。

 ここに写っている写真,何だか想像できる人いらっしゃいますでしょうか―。土付きごぼうのエッセンスでつくられたスープです。「里山」というタイトルですが,石川の山野草,福井の大豆,そして葛でチップをつくっています。東京のレストラン「NARISAWA」の成澤由浩シェフによる料理です。最高の食材を最大限に生かして表現しようとしている点でフランス料理と共通し,料理にはメッセージが込められているようにも見えます。
 「美食学」,「美食術」と呼ばれるガストロノミーという学問は,フランスで19世紀初頭以降,食の役割を体系的にとらえることを目的に発展しました。ガストロノミーは次に,スペインのフェラン・アドリアから始まる全く違う系譜の新しい味覚,食感,食材の組み合わせなどを編み出し,世界の流れを変えた時代に入ります。そこに北欧の新しい技術や料理革新を踏まえた上で,各国の地域性に着目し,フランス料理に拮抗するかのように新たな潮流を作り上げました。これが西洋料理の50年間です。
世界に影響を与えた日本料理
 その変遷で日本料理が与えた影響がとんでもなく多くあります。日本料理は宗教的,生活文化的な価値観,節句などの年中行事など様々なメッセージを料理に込めてきました。
 古代中国の文化の影響として,季節を「二十四節気」,さらに細かく「七十二候」ととらえ,日本の風土気候にアレンジしたうえで,長らく食文化の中にも定着,継承してきたこと。公家社会の大饗料理,武家社会の本膳料理。洗練され確立された「茶の湯の文化」と仏教の戒律に基づいて完成された精進料理。開国以降の西洋文化の全面的受容。すべてが融合され,洗練されて現代の日本の料理文化が出来上がっているわけです。
 日本料理が世界の料理に与えてきた影響はいくつかの段階があります。1970年代から90年代にかけ,醤油,味噌などの伝統的な加工品の数々の使い方は隠し味程度の量にしか過ぎませんでした。次の段階に来るのが生魚に代表される新しい食材の扱い方。品数の多さ,多彩な色づかい,メニュー構成のリズム感。こうした自在なデザインを実現できる器の使いこなし方。影響の「第1ステージ」とも言える時期です。次に来るのが「第2ステージ」。日本料理の持つ技術的な味覚の構造が与えた影響です。「うま味」の引き出し方の手法に関心が集まっています。昆布,鰹の出汁から生まれる「うま味」を,フランス料理の中に取り込むということは非常に困難です。日本料理とフランス料理とでは味覚の構築法,構造が全く違うからです。
和食, 無形文化遺産に登録
 本日ご紹介したい話がもう一つあります。それは,「和食」がユネスコの無形文化遺産に登録された経緯です。無形文化遺産に登録するということは瀕死の状態にあるものを保護するための手段。私もその当時の無形文化遺産登録委員会の委員でしたが,「和食」という言葉で申請をする前は,農水省と京都市が中心でまとめたのが「懐石料理」と「日本食」だったのです。
 そこで,パリのアカデミー・フランセーズのピット教授の元へアドバイスを聞きに行きました。フランス料理を無形文化遺産に登録した際の中心的人物で,アドバイス後「和食」と書き直しました。アドバイスの内容というのは,既に高級料理として位置づけられる懐石料理,寿司,天ぷらなどは世界に商業的に広がっているのに保護対象にする必要があるのかという指摘です。「自然尊重」という日本人の精神性を体現した食に関する社会的慣習としての「和食」を保護するとし,書き直しました。
 環境問題,食の持続性の問題などを抱えている日本で,和食が今後どのように国内に影響を与えていくべきか。一人の料理人を紹介します。冒頭にお見せした成澤さんです。世界中の料理学会で称賛され,「世界で最も影響力のあるシェフ」に選ばれます。
 素材を生み出す背景をも守る気持ちから生まれた「土」のスープや里山を表現した作品。しかし近年,急速にその荒廃が進んでいると言われています。里山が失われることで,日本の多様な食文化が失われるという危機感を持ち,里山を守る活動をされています。今後料理人は食文化の担い手として,食の世界をデザインし,場合によっては社会の様々な課題の解決に向けて発言していく,そんな役割を担う職業になっていくと考えています。
「食」の未来への提言
 そのような現状の中で私が取り組んだ活動について話をします。実は昨年,ようやく「文化芸術振興基本法の一部を改正する法律案」が成立し,「食」が芸術として明記されました。内閣府は日本の食文化,食ビジネスを官民一体となって考えていくプラットフォームを提唱しています。その機関で国に対し食文化を中心にした社会提言を行うべく,料理人を含めた生産者や食の専門家の意見を集約した「ガストロノミーマニフェスト」を策定し,実行できるプラットフォームを提案しました。
 おいしく食べる喜びを次の世代に手渡すために,日本的「食」の可能性を再検証し,様々な課題を見出して,それらの解決策を国と共に模索していく。各関係者がパートナーシップを構築し,「文理融合型」の食の教育研究拠点をつくるという構想です。4年生の職業専門大学も含めたより高度な教育を構想し,実現していきます。
(スライドとともに)




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