会 員

近 藤  雅 彦 君(泌尿器科医)

1963年生まれ。’88年順天堂大学医学部卒業,’89年同助手。’94年大阪大学大学院医学研究科外科系泌尿器科修了 医学博士。市立堺病院泌尿器科医員,’95年大手前病院泌尿器科医員,’99年摂津医誠会病院泌尿器科部長,2000年Medizinische Hochschule Hannover(独)泌尿器科,’04年近藤クリニック院長,’05年医療法人近藤クリニック理事長。’11年中央仏教学院通信教育卒業,得度。’10年当クラブ入会。’13年健康を守る会委員長,’15年副SAA他。

 先月3月の頭に「4月13日の卓話を」と言われ,こういう機会を与えていただきありがたいと思っております。お坊さんもしていますが,ご法話で,よくあるのは人生には坂が三つあり,一つ目は「上り坂」,二つ目は「下り坂」,もう一つが「まさか」ですが,今回,久しぶりにまさかというのを経験させていただきましてちょっと緊張しております。
祖父, 父と続く医師の家系
 先月55歳のお祝いをいただきましたが,生まれた当時は西区の北堀江に住んでおりました。祖父は阪大を卒業,戦争中は陸軍の軍医中佐として南方に。終戦後マレーシアで抑留され,帰国してから豊中市で婦人科の町医者をしておりました。父は私と同じで泌尿器科の医者。妹の連れ合いは阪大の泌尿器科の教授をしております。親子3代4人で,人様の下のほうのお世話をさせていただいています。父は1982年,茶屋町に開業し,大阪駅RC(現大阪中央RC)のチャーターメンバーでした。2008年に母,’11年に父もお浄土に返っていきました。
 1969年,大阪教育大学教育学部付属天王寺小学校入学。一緒に通っていた後輩が初の女性警察キャリアとして警察庁に採用された田中俊恵さん。世耕経産大臣,ノーベル賞の山中伸弥君は同級生です。順天堂大学医学部に進学し,卒業後,母校の病理学教室に入局,家の事情もあって1年だけ助手をして大阪に帰りました。
 その後,大阪大学大学院医学研究科外科系泌尿器科に進みました。研究は腎臓がんの免疫療法。僕らは医学博士のことを「足の裏の米粒」と言うんですけど,足の裏に米粒がついていたら取らんと気持ち悪いけども,取っても食えんというような意味です。医学博士の学位ですが,大阪RCにおられた金森順次郎先生の名前でいただきました。ドイツ留学の話が持ち上がりました。ドイツのハノーファー医科大学です。家内の母親が病気のためにお浄土へ返ったり,私の父も脳梗塞を患いましたので,2年で帰国を余儀なくされました。最も仲の良かった同い年の友人がハノーファーの教授になりまして,日本にも遊びに来ました。たくさんの人と友達になれたのが,一番の成果かなと思っております。
開業医, 産業医として
 2003年からは自衛隊阪神病院の泌尿器科を支援しながら,家の診療所を手伝っておりましたが,父が倒れ,急遽後を継いで茶屋町の診療所をやることになりました。’07年に奈良県広陵町真美ケ丘に,’13年に中崎町の北野病院の前に診療所をつくって,現在三つの診療所を経営しております。マネジメントだけではなく,今でも週3回は茶屋町で朝から晩まで外来しております。火曜日は奈良の診療所に行き,水曜日は中崎町の診療所で透析診療に当たっております。
 病院勤務の時は泌尿器科の専門医でしたが,今は何でも相談ということで,お気軽に何でもお話ししていただければ何でもお答えをしたいと。私の一番大事な仕事は「どれだけいい医者を知っているか」かなと最近思いますので,ご相談いただければと思います。
 また,従業員の健康管理をする「産業医」もしております。大阪RCの関係ではヤンマーさん,大成機工さん,フジプラスさん,西大和学園さんでさせていただいております。期間限定ですが,竹中さんのところがでっかいビルを建てる時,現場事務所に人数が増えると,臨時でやらせていただいたりしています。最近ではメンタルヘルスチェックという職務があり,従業員の精神的な健康も守りなさいということになっております。今の2本柱としては,過重労働による過労死を防ぐことと,メンタルヘルスの異常を来たさないということが重要な職務となっております。
 診療所外では,大阪府医師会では医事紛争の仕事,大阪市北区医師会では医事法制と産業保険の担当理事。産業医のための実地研修の企画も年1回企画しております。大阪腎臓バンクでは腎臓病研究治療のため,腎臓移植と普及の理事をしており,一般からの寄付も募っておりますので,よろしくお願いします。
生涯歩ける身体づくりを
 医者は奇跡を起こせるわけではなく,やはり生老病死で亡くなっていくというのは避けられないことなんですけれども,私がそこに関わっていけないかなということで僧侶になろうと思いました。京都・桂の西山別院でお得度をさせていただき,僧侶になりました。
 日本人の寿命は世界一ですが,健康寿命との乖離が問題となっています。最近,筋肉が減って動けなくなるサルコペニアという言葉をよく耳にします。今日できることを精一杯やっていくのが仏様の生き方の心にかなう生き方ではないでしょうか。そこで,もう一度しっかり歩ける身体を作るコンセプトでメディカルフィットネスを作ることにしました。阪神タイガースのチームドクターである阪大の教授が検診を行い,それに基づいて,運動療法を処方し,トレーナーがマンツーマンで指導します。医師は常駐しており,生涯元気で歩いていたいと思われる方はお声がけください。
(スライドとともに)




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